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札幌地方裁判所 昭和42年(ワ)97号 判決 1968年6月12日

原告 村上政二 外一名

被告 日本国有鉄道

主文

被告は原告村上政二に対し、金一、八二九、一五一円および内金一、五九〇、五六六円に対する昭和四二年二月九日から完済までの、残金二三八、五八五円に対する昭和四三年六月一三日から完済までの、各年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告村上ハルに対し、金一、四九五、〇〇〇円および内金一、三〇〇、〇〇〇円に対する昭和四二年二月九日から完済までの、残金一九五、〇〇〇円に対する昭和四三年六月一三日から完済までの、各年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訟費用はこれを二分し、その一を原告らの連帯負担とし、その余を被告の負担とする。

本判決は原告ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、原告ら。

(一)  被告は原告村上政二に対し、金三、三八三、九三九円および内金二、九三六、九三九円に対する昭和四二年二月九日から完済まで、残金四四七、〇〇〇円に対する本件判決言渡の日の翌日から完済まで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告は原告村上ハルに対し、金二、九七九、八四四円および内金二、五九一、八四四円に対する昭和四二年二月九日から完済まで、残金三八八、〇〇〇円に対する本件判決言渡の日の翌日から完済まで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告。

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二、当事者の主張

一、原告ら訴訟代理人は、請求の原因ならびに被告らの主張に対する答弁としてつぎのとおり述べた。

(一)1、訴外村上加代子(昭和二三年一一月七日生)は原告ら夫婦間の二女であるが、被告日本国有鉄道札幌自動車営業所岩見沢支所所属のバス車掌として昭和四〇年二月二一日午後七時一〇分ごろ、同営業所所属の被告国鉄バス運転手である訴外佐野公運転の新篠津発岩見沢行国鉄乗合自動車(札二こ〇一七〇、以下単にバスと称する)に乗務し、北海道空知郡北村字幌達布番外地山田商店前附近路上を通過して間もなく対向車と遭遇したが、同所附近の道路は有効幅員約四・六メートルであつて、対向車とすれ違うためにはバスを後退させる必要があつたので、訴外佐野の命により加代子は同車から降り、その後方の路上で同車を誘導しながら約六〇メートル後退したところ、その場で路上の雪に足をとられて転倒し、佐野がこれに気付かず同車の後退を続けたためその左後輪で轢過され、頭蓋底骨折、左前胸部圧迫に因り死亡するに至つた。

2、右事故当時本件現場の状況は吹雪で、しかも暗夜であり、後方の見通しが悪かつたから、自動車運転手としては車掌の合図にしたがいその動静に注意しつつ最除行して後退すべきであつたのに、訴外佐野は運転席右側の窓から後方を見たのみで、しかも高速で本件バスを後退させ、このため加代子が同車に追われて走り続け遂に路上に転倒したのにも気付かず、漫然右のごとき後退を続け、遂に同車により同女を轢過するに至つたのであるから、本件事故は佐野の運転業務上の過失によつて惹起されたものである。

3、被告は、右加害車となつた本件バスの運行供用者であり、かつ右佐野公の使用者であるから、第一次的には運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条により、第二次的には佐野の使用者として民法第七一五条第一項により、原告らに対し右加代子の死亡による左記損害を賠償する義務がある。

4、(1)  亡加代子の葬儀費用は金三四五、〇九五円であり、内金一八五、八三〇円は被告(葬儀経理担当者)がその支払を担当していたものであるが、残金一五九、二六五円は原告政二が直接支払つている。後者の内訳はつぎのとおりである。

イ 食事代 三一、五〇〇円

ロ 魚代 三、〇〇〇円

ハ 忌中引物および供物代   一三、五〇〇円

ニ 引物代(砂糖)      三一、五〇〇円

ホ 料理代          一九、八〇〇円

へ 果物代           三、六四〇円

ト 聞信寺住職御布施     一五、〇〇〇円

チ 永代祠堂料         五、〇〇〇円

リ 本山永代経奉納料      三、〇〇〇円

ヌ 院号料           五、〇〇〇円

ル ハイヤー代         五、〇〇〇円

ヲ 電報電話料         三、八七五円

ワ 女物寝巻          一、一〇〇円

カ 死体検案料および証明申請料 一、三五〇円

(2)  亡加代子の賃金は、死亡当時諸手当を含め一か月金二〇、六六五円であつたが、同女は女子寮に寄宿していたからその生活費は月額金一〇、〇〇〇円をこえることはなかつた。そうして、死亡当時一六歳であつた同女の将来の就労可能年数は四四年であるから、その得べかりし利益の現価はホフマン式計算(年毎)によると金二、九三三、六八八円となるが、原告らは被告から日本国有鉄道業務災害補償就業規則および同事務取扱規定により労働災害補償金として金七五〇、〇〇〇円を受給し右逸失利益の損害に充当しているから、これを控除した残額金二、一八三、六八八円について、相続により各二分の一の割合(各金一、〇九一、八四四円)で被告に対する請求権を取得している。

(3)  原告らには加代子のほか二男、三男、長女、三女の四子があるが、なかでも加代子は生来親孝行で、日頃から原告らを将来扶養する旨みずから述べており、原告らも老後はとりわけ同女に依存する希望をもつていたからその死亡によつて原告らが蒙つた打撃は大きい。この慰藉料としては原告ら各自につき、それぞれ金一、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

(4)  本件事故について佐野は、一旦札幌地方検察庁岩見沢支部で「嫌疑なし」という理由で不起訴処分となり、その後検察審査会の起訴勧告によつて再捜査のうえ起訴され、略式命令を受けているもので、本件はこのような事案の性質上原告らみずから訴訟を提起し維持することは困難であつて弁護士に依頼するほかないところ、原告らの訴訟代理人に対する報酬としては右(1) ないし(3) の請求額の一五パーセントを支払う約定をしているから、その額は原告政二については金四四七、〇〇〇円、原告ハルについては金三八八、〇〇〇円となる。

5、よつて被告に対し、原告政二は右4の(1) ないし(4) の各損害金合計金三、三八三、九三九円および内金二、九三六、九三九円(右4の(1) ないし(3) の合計額)に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四二年二月九日から完済までの、残金四四七、〇〇〇円(右4の(4) の弁護士費用)に対する本件判決言渡の日の翌日から完済までの、各民法所定年五分の割合による遅延損害金の、また原告ハルは右4の(2) ないし(4) の損害金合計金二、九七九、八四四円および内金二、五九一、八四四円(右4の(2) 、(3) の合計額)に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四二年二月九日から完済までの、残金三八八、〇〇〇円(右4の(4) の弁護士費用)に対する本件判決言渡の日の翌日から完済までの、各民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

(二)1、本件バスの後退速度が、当初時速三、四キロメートルであつたことは認めるが、佐野が被告主張のように後方を注視し、その主張の地点で一旦後方を確認したのちさらに加代子の笛の合図で後退を開始したこと、および加代子がバスの後退進路内に立ち入つていたことは否認する。

加代子は事故現場の二〇ないし三〇メートル手前から警笛も鳴らさずバスを背にしてひたすら走り続けたのであつてこれは佐野が後退の途中右場所辺りから速度をあげたためである。また、同女が転倒したときにはバスはその手前二、三メートルの地点に迫つていたから、転倒後にももちろん警笛を吹く余裕はなかつた。すなわち、バスが速度をあげた後の同女は、もはや後退誘導をしていたものではなく高速で迫るバスに追われ、これを避けるために走り続けたに過ぎない。なお、本件現場附近は道路両側に積雪があり、有効幅員は約四・六メートル、またバスの車幅は二・四六メートルであつたから、バスが道路中央部を走つたとしても道路脇の間隔は約一メートル弱にすぎず、また当時は吹雪でありそのうえ雪の路面には凹凸がありその凸部は固く滑り易く、凹部は軟弱で通行に支障があつたので、かりに加代子が一部分バスの後退進路内に入つていたとしても現場の状況上やむをえなかつたというべきであり、同女には過失はない。

2、原告らが被告からその主張の額の葬祭料、香花料、供物料、歳末見舞金を受けとつていることおよびその主張の額による殉職年金の支給決定を受け、同年金証書の交付を受けていることはいずれも認めるが、被告から支給を受けた遺族補償一時金が金七五〇、〇〇〇円をさらに六、〇〇〇円上廻るとの主張は否認する。

3、本件事故当時加代子が臨時雇用員であつた事実は否認する。加代子は当時すでに被告の職員であつた。

二、被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁ならびに抗弁としてつぎのとおり述べた。

(一)1、請求原因事実中、(一)の1については、加代子が転倒するまでのバスの後退距離が約六〇メートルであつたことを否認しその余の事実をすべて認める。

2、同(一)の2については、本件事故現場が当時吹雪と暗夜であつたこと、佐野が運転席右側の窓から後方を見ていたこと、および加代子が途中で走り出したことを認め、その余の事実を否認する。

本件事故は以下のとおり、もつぱら加代子自身の過失によつて惹起されたもので、佐野にはなんら過失はない。すなわち当日佐野と加代子は、新篠津午後六時四〇分発のバス(五一四便)に乗務し午後六時五〇分ころ山田商店前の北新停留所を経て同停留所から一六〇メートルの地点まで来たところ、対向車が雪のわだちから車輪を逸脱させ進路を阻げていたのでロープでこれを牽引して約二〇メートル後退し、その場で牽引を止め、同車と交差しようとしたが、路面の積雪が軟弱のためさらに前記北新停留所前まで後退して交差することにした。そこで加代子は佐野の指示でバスを降り、その後方の進路外で警笛を鳴らしながら後退の誘導に当つたのであるが、折から現場附近は雪まじりの西寄りの風がバスの後方から吹きつける状態であり、佐野は帽子のひもをあごに掛け、運転台右側の引窓から顔を出してバツクライトで照射している右後方を注視しながら加代子の吹鳴する警笛の合図によりわだちから車輪が逸脱しないよう時速三ないし四キロメートルの速度で慎重に後退を続け、約一二〇メートル後退した際一旦アクセルを離しブレーキを踏みつつ自車の位置を確認したところ、道路脇の幌達布巡査派出所から山田商店寄りの電柱を過ぎる地点にあつて同商店まではあと一〇メートルであることを知つたので、その場から再び加代子の警笛の合図にしたがつて後退を始めた。まもなく佐野は雪塊を乗り越えるようなシヨツクを感じたので直ちに停車したところ、加代子がバスの左前輪と後輪との間で頭を外側に向け仰向きに倒れていたのである。本件事故に至る経路は以上のとおりであつて、その間加代子は、前記対向車の牽引後退当時にはバスの左後方の進路外で被告車を誘導していたのに、その後バスの進路内に立ち入つており、さらに佐野が山田商店の一〇メートル手前の辺りから再び後退運転を始めたころには被告車に対面してあとずさりしながら誘導していたのに、北新停留所近くに達したころ速やかに同地点に赴いて最終誘導態勢に入ろうとして向きを変えてバスに背を向けて誘導する状態になつたものであり、更にそのまま前方に走り出し山田商店前でバスを振り返つた途端に足を滑らせて転倒しバスに轢過されるに至つたのであるから、本件事故は同女自身の過失によつて生じたものにほかならない。他方被告は、かねて車掌に対し後退誘導の場合には進路外の自己の安全を確保できる位置で行なうよう指導しており、その旨職務規定も設けているが加代子の本件誘導の仕方は右被告の指導および規定に違反するものであつて、佐野は後退に当り加代子が右職務上の規定通りの位置で自己の危険防止に充分留意していることを信頼し前記のとおり同女が吹鳴する警笛の合図にしたがいバツクライトで照射している右後方を注視しつつ慎重に運転操作をしていたのであり、事故の三、四秒前まで警笛の合図を確認しつぎの警笛が吹鳴されるまでの間に転倒した同女を轢過するに至つたのであるから、佐野にはなんら運転上の過失はなかつた。

3、同(一)の3については、被告が佐野の使用者であること、および被告が被告車の運行供用者であることは認めるが、本件については、つぎの理由から自動車損害賠償保障法第三条の適用はない。

イ 自動車事故による被害者を他の一般の不法行為による被害者より手厚く保護し確実に損害の賠償を得させようとする同法制定の趣旨に照すと、加害自動車の乗客や、第三者である通行人らがその保護に価する者であることは当然であるが、保有者ないし加害運転手についてはこれを被害者に含める実質的理由はない(同法第一一条の被害者に加害自動車の保有者および運転者を含まないことは明らかであるが、同法第一条の被害者をこれと別異に解すべき特別の事由はない)。しからば同法第三条の他人も被害者にほかならないから、これもまた同法第一条の被害者と同一意義に解すべきである。

ロ 他方同法第二条第四項によれば運転者とは他人のために自動車の運転または運転の補助に従事する者であるが、運転の補助に従事する者とは業務として運転者の運転行為に参与しこれを助けている者をいうのであつて、通常車掌や助手がこれに当る。一般乗合旅客自動車運送事業者の事業用自動車に乗務する車掌についてみると、車掌は運送の安全を確保し、および自動車内の秩序維持に当るほか、警報装置のない踏切または踏切警手が配置されていない踏切を通過しようとするときは踏切前で降車し運行の安全を確認して運転者を誘導し、また故障等により踏切内で運行不能となつたときはすみやかに旅客を誘導して退避させるとともに列車に対して適切な防護措置をとり、あるいは自動車を後退させようとするときは降車し、路肩または障害物との間隔および路面その他の道路状況を運転者に通告するとともに誘導するものであつて(自動車運送事業等運輸規則-昭和三一年八月一日運輸省令第四四号-第三五条)、自動車を運転する者の足らざるところを補い、もつて自動車の運行業務をより安全に、かつ確実に遂行せしめることを任務としているのであるが、加代子はこのような任務にある車掌として右運輸規則所定の遵守義務のもとに佐野の命を受けその運転補助者として本件バスの後退誘導に従事していたものであるから、自動車損害賠償保障法第二条第四項にいう運転者に該当し、同法第三条の他人には含まれない。

4、同(一)の4の事実の内、

(1)  その(1) の葬儀経理担当者支弁分については、同担当者が原告政二の支出として主張の金額を支払つたことは認めるが原告政二の支弁分は否認する。

(2)  その(2) については、加代子の死亡時の年令および将来の就労可能年数ならびに原告らにおいて被告から業務災害補償(ただし、正確にはその遺族補償一時金)として金七五〇、〇〇〇円を受給しこれを逸失利益の損害に充当していることは認めるが、加代子の得べかりし利益の現価額は不知、その賃金および生活費の額は争う。

加代子は本件事故当時被告の職員ではなく臨時雇用員であつて、その昭和三九年四月一日から昭和四〇年二月一五日まで一〇・五か月間の臨時雇用員としての賃金から社会保険料を控除すると、手取りの合計金額は金一三六、〇八六円であるが、これに昭和三九年六月支給の報労金三、〇〇〇円および同年一二月支給の期末手当金九、二〇〇円を加算しても合計額は金一四八、二八六円に過ぎず、一か月平均の手取額は金一四、一二二円であつた。

また、加代子は、原告らの世帯を離れ、岩見沢市内で間借りし自炊していたから、その生活費は同一世帯内での一人当りの平均生活費より多額になるのが通常であり、少くとも昭和三九年度国民一人当りの消費支出月額金一三、四三七円(第一六回日本統計年鑑による)を控除すべきである。

(3)  その(3) については、原告らに加代子のほか主張の四子があることを認め、その余の事実は不知。

なお、本件慰藉料の額については以下の事情を斟酌されるべきである。すなわち、イ、被告は後記のとおり業務災害補償をしたほか後記のように香花料および供物料を交付しており、そのほかさらに昭和四〇年末には被告総裁名儀で歳末見舞金として金一〇、〇〇〇円を交付している。ロ、加代子は本件事故当時被告の職員ではなく、臨時雇用員であつたから、本来は労働基準法第七九条および第八〇条によつて業務災害補償をすべきであつたが、被告はこれを有利にとりはからうため、同女についてはその後死亡前の昭和四〇年二月一五日に遡つて職員に採用、発令することにより日本国有鉄道業務災害補償就業規則(昭和三二年九月三〇日総裁達五五二)を適用し、同規則第一二条に基き賃金額を上廻る最低保障額にしたがつて後記のとおり労働基準法所定の基準以上の補償をしているものである。ハ、被告は原告らを、昭和四一年四月東京築地の本願寺で施行された被告主催の国鉄殉職者慰霊法要および合祠祭に招いたほか、昭和四〇年九月と昭和四一年九月には岩見沢で行われた国鉄職員および家族慰安会にも招待し、その慰藉に努めている。

(4)  その(4) については、原告らが本件訴訟行為の代理を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任したことを認めるが、その報酬の点は知らない。

なお、被告は上述のとおり誠意をもつて本件補償や慰藉に努めているのであるから原告としては然ずしも訴訟を提起する必要はなかつたし、かりにその必要があつたとしても弁護士費用は本件事故により通常生ずる損害とはいえない。

(二)1、被告には、つぎのとおり免責の事由がある。

(1)  本件事故については佐野に過失がなく、もつぱら加代子の過失に起因すること、ならびに被告が車掌の後退誘導につき加代子にもかねて注意指導を怠つていなかつたことは前記のとおりである。

(2)  被告はまた充分に留意して佐野を選任し、その勤務についても過労にならぬよう常に配慮しているほか、毎乗車前には運転操作、路線の状況、天候等について注意を与え、使用者としての監督の点でも相当の注意を尽している。

(3)  本件バスはその事故前後なんの異常もなく運行されており、これに構造上の欠陥や機能上の障害はなかつた。

2、被告は予備的に過失相殺を主張する。すなわち、本件事故については、前記のとおり加代子に重大な過失があるから、賠償額の算定に当つては相当の斟酌がなさるべきである。

3、被告はつぎのとおり一部弁済ないし損益相殺を主張する。すなわち、被告は原告らに対し、前記日本国有鉄道業務災害補償就業規則に基づく業務災害補償として、

イ 葬祭料金五六、〇〇〇円(同規則第四六条により平均賃金の八〇日分)を支払いずみである。

ロ 遺族補償一時金七五六、〇〇〇円(同規則第三七条により平均賃金の一〇八〇日分)を支払つているから、その額は原告らの自認額より六、〇〇〇円多い。

ハ 加代子死亡の翌月から起算し六年後(昭和四六年三月)以降受給権者たる原告らの死亡による権利消滅の月まで年額金八四、〇〇〇円(同規則第三七条により加代子死亡当時の基本給の六月分)の殉職年金を支給するものとし、その旨支給決定を経て年金証書もすでに交付ずみである。したがつて、この殉職年金の現価額も本件逸失利益の損害額から控除すべきであるが、原告政二は明治四四年二月一〇日生、同ハルは大正四年五月一〇日生であるから原告政二は七三歳まで、同ハルは七六歳まで生存可能である(第一一回生命表)ところ、父母である原告らの右年金受給権は同順位であるから、原告ら両名の生存中は右年金額をおのおの半額宛、原告政二死亡後は同ハルが全額を受けとるものとすれば、原告政二の受くべき年金総額は金五八八、〇〇〇円、同ハルのそれは金一、一七六、〇〇〇円であり、その本件事故当時の現価額はホフマン式計算(年毎)の結果原告政二については金三六七、五六五円、原告ハルについては金六四一、五八四円となる。

ニ また、被告は原告らに対し、つぎの金員を交付しているから、これも原告政二の請求する葬儀費用から控除すべきである。

(イ) 被告総裁名義で香花料金三〇、〇〇〇円

(ロ) 被告北海道地方自動車事務所長名義で供物料金二〇、〇〇〇円。

第三証拠関係<省略>

理由

第一、原告らの第一次請求について

一、争いのない事実

訴外佐野公が被告の札幌自動車営業所岩見沢支所所属の国鉄乗合自動車(国鉄バス)運転手であり、原告らの二女である訴外村上加代子(昭和二三年一一月七日生)が同支所所属の国鉄バス車掌であつたこと、ならびに同訴外人らが昭和四〇年二月二一日新篠津発岩見沢行の国鉄バス(札二こ〇一七〇)に乗務して北海道空知郡北村字幌達布番外地山田商店前附近路上に至り、午後七時一〇分ころ吹雪と暗夜の中を対向車と交差するため佐野において右バスを後退運転中、その車外後方(後退進路前方)の路上で右後退の誘導に当つていた加代子が途中からバスに背を向けて走り出し、山田商店前で振り返つたとたん、雪の路面に足を滑らせて転倒しそのまま同車左後輪で轢過され、頭蓋底骨折、左前胸部圧迫により死亡したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、自動車損害賠償保障法第三条の適用

右によれば被告は、自己のために右バスを運行の用に供し、その運行によつて加代子の死亡事故を起したものということができるからさらに自動車損害賠償保障法第三条の適用を検討するが、まず加代子が被告のバスの車掌であつたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない乙第二号証と証人中山晁一の証言によると加代子はバスの車掌として被告主張のような職責にあつたものであることが認められるから、加代子が一般に自動車運転の補助に従事する者(運転補助者)の地位にあつたということはできる。ところで自動車の運転者のうちでも少くとも加害行為をした直接の運転者が同法第三条本文の「他人」から除外されることは同法制定の趣旨に照して容易にこれを首肯でき、また同条ただし書の「運転者」には自動車の直接の運転者のほか、その運転補助者が含まれることも同法第二条第四項により明白であるが、このことから直ちに、同法第三条本文は運転補助者が被害者である場合を予想していないとか、あるいは運転補助者が被害者である場合に同条本文の「他人」を同条ただし書の「運転者」と同視しなければならないということはできない。すなわち同条ただし書は、被害者である「他人」が自動車の直接の運転者ないし運転補助者を除くその余の第三者である場合において、運行供用者が免責されるためには直接の運転者のほか運転補助者の過失についても考慮しなければならないことを規定しているものに過ぎず、運転補助者が被害者である場合にこれを直接の運転者の場合と同様当然に同条本文の「他人」から除外する趣旨だとは解しえないからである。したがつて運転補助者が右「他人」に当るかどうかについては同法制定の趣旨をも考慮してさらにこれを実質的に検討することが必要であり、この点からすれば運転補助者であつても右「他人」から除外されることはありうるが、それは当該事故の際その者が単に一般的な運転補助者の地位にあつたというだけでは足りず、少くとも運転行為の一部を分担する等直接の運転者と実質的に同視できる立場にあつた者に限られるというべきである。本件加代子の場合についてみると、加代子は前記のとおり一般的にみて運転補助者の地位にあつたばかりでなく、その具体的行動においてもバスの後退運転を誘導する任に当つていたものであることは前記のとおり当事者間に争いがない事実であるから、加代子は本件事故当時いわば運転手である佐野の手足となり眼となつて同人の後退運転に伴う危険を防止し、その円滑な運転をはかるため、同人の運転行為の一部を分担していた者ということができ(なお、事故直前の同女は、もはや誘導行為をしていたとはいえないとの原告らの主張が理由のないことは、後記認定のとおりである。)、本件において同女は、結局同法第三条本文の「他人」には当らないと断ぜざるを得ない。そうとすれば同条に基づく原告らの第一次的請求は、その余の点を判断するまでもなく失当である。

第二、原告らの第二次請求について

一、責任原因

(一)  争いのない事実

被告が佐野の使用者であることは当事者間に争いがなく、佐野が被告の一般旅客運送事業である国鉄バスの運転業務に従事中本件加代子の死亡事故が発生したものであることおよび同女が原告らの二女であることは、いずれも第一の一に掲記の争いない事実のとおりである。

(二)  佐野の過失

右第一の一の争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第一号証の三ないし一〇(ただし、同号証の五、六、八、九についてはいずれも後記信用しない供述記載部分を除く)、乙第五号証の一、二、同第六、第七号証、証人石沢和博、同佐野公、同山田勝見、同中山晁一の各証言(ただし、証人佐野、同中山の各証言についてはいずれも後記信用しない部分を除く)を総合すると、つぎの1、2の各事実が認められる。

1、本件事故現場は当別、栗沢間に通じる道路上にあつて国鉄バス北新停留所のある山田商店前に位置するが、この道路は非舗装で歩車道の区別がなく、事故当時は路面から除去された雪が山田商店側の道路東側では約一メートル、反対の西側では約二・五メートルの高さにうず高くつもつていてその間の有効幅員は四・六メートルであつた。また右道路は山田商店の前から南東方向に約七〇メートル直進した辺りで東にカーブしており、このカーブと山田商店とのほぼ中間の道路東側に幌達布巡査派出所があるが、そのほか周囲に人家はない。山田商店は道路端から約四・七メートル東に引込んでいてその間は空地であるが、この部分は平常除雪されているため道幅に余裕のない冬期には自動車の交差場所としても殊に利用され、当時もやはり除雪がしてあつた。さらに現場附近の道路は日ごろ新篠津村においてブルドーザーによる除雪が行なわれ、このため路面は一応平担でしかも凍結していて、当日はたまたま事故前に除雪作業が行なわれておらず、かつ夕方から降り出した小雨のため路面の状況は多少悪化して凍結した雪が幾分軟化していたので、場所により車のわだちが出来、このわだちから車輪を抜くのが困難な個所もあつたが、全般的にはわだちもさほど深くはなく、新雪もほとんどなくて、どちらかといえば凍結により滑り易い状態であつた。事故の際現場の辺りは山田商店前と巡査派出所の前が建物の灯でぼんやり明るくなつていたほかは暗かつたが、雪明りである程度の見通しは可能であり、当時の気象条件は気温が零度くらいで平均風速七、八メートル、最大風速一〇メートル前後の西寄りの風が吹き、小雪もあつて吹雪模様であつたために、突風によつて一時的に視界がさえぎられることもあつたが、大体において視界は七、八メートルであつた。

2、以上のような状況のもとで佐野は対向車と交差するため、加代子の警笛の合図による誘導を受けながら運転席右側の窓から顔を出し、後方約二〇メートルまで路面の確認が可能であつたバツクライトの照射を頼りに車体の右後方を注視しつつ路面のわだちにバスの車輪を合わせる気持で上記カーブ附近から山田商店前に向つて時速三、四キロメートルの速度で(この点は当事者間に争いがない)後退運転を始めた。途中巡査派出所を通過するころ佐野はブレーキをかけて一旦停止する程に減速し位置を確認したのち、直ちに速度を上げほぼ人の走る速度で後退を行なつた。他方加代子は、右後退に当りその旨佐野の指示を受けて降車し、バスの後部から三、四メートル先をその車体左側(後退方向に向つて右側)の進路外でバスに対面し、あとずさりして歩きながら警笛を鳴らして誘導を始めたのであるが、しだいにあとずさりのまま道路端から中央寄りにバスの進路内に立ち入り、その後巡査派出所を過ぎてまもなく身をひるがえし前向きになつて山田商店の方に走り出し、同商店前で後のバスを振り返つたとたん路面に足を滑らせて転倒し、前述のとおり後退速度を早めていて既に二、三メートルの至近距離に迫つていたバスの左後車輪で轢過された。当時バスの車外のバツクミラーは吹雪でくもり事実上利用できない状態にあり、運転席の右窓から後方を見ている佐野には加代子の姿を見ることができなかつたので、佐野は加代子が転倒したことに気づかなかつたが、車体にシヨツクを感ずると同時に、かねてバスからとび降りて後退の状況を目撃していた乗客が車外から「車掌が轢かれた」、「止めれ」と叫んだためその声を聞いてはじめて異常を知り、前車輪が加代子の体に達する前に停車したもので、その地点にスリツプ痕は残つていなかつた。右後退の際バスは道路中央からやや左寄りを進行し、山田商店の約一〇メートル手前ではバスの車体左側面(後退方向の右側)と同じ側の東側道路端の積雪との間隔はおよそ五〇センチメートルあつたが、その後徐徐に左(後退方向の右側)に寄りつつ進行して轢過地点に達したときはバスの左側面は道路東端と山田商店前の空地との境界線附近にあり、空地がなければ道路脇の間隔はほとんどない状況であつた。また、加代子は後退中誘導のために短声の警笛を断続的に吹鳴していたが、途中で佐野が加速してからは、加代子は前認定の状況にある雪道を追われるように走るのに精一杯で警笛を吹鳴するゆとりはなかつた。

以上の各事実を認定することができる。上掲甲第一号証の五、六のうち、後退途中でバスが一時停止する気配はなかつた旨の各供述記載部分、同号証の八、九中警笛が最後まで佐野に聞えていた旨の各供述記載部分、同号証の九中の佐野がバスを停止させたのは乗客の声を聞いたからではないとの供述記載部分、証人佐野の証言中加代子の吹く警笛が事故直前まで聞えており、また後退する時のバスの位置が道路中央部であつた旨の各供述部分および証人中山の証言中事故当時現場の路面が一般的にぬかるんでいたとの供述部分は、上掲の各証拠に照して信用することができず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上1、2の各事実を併せ考えると、佐野は後退に当つてバスが道路中央からしだいに東端に寄つてゆき、車体左側とその道路脇の積雪との間隔が狭くなりつつあるのに気づかず左寄りに後退を継続したこと、さらに運転手としては後退を誘導する車掌の安全を確認しつつ後退すべきであるのに事実上加代子の姿を確認できないうえ同女が警笛を吹鳴していないのに漫然後方の安全を軽信して後退を継続したことおよび、前記認定のごとく暗夜で路面の状態も悪くそのうえ吹雪模様という悪条件のもとにあつて、あとずさりしつつ後退の誘導に当るべき女子車掌にとつては充分安全な速度とはいえない人の走る程度の速度で漫然バスの後退を継続したことの各過失をおかし、本件死亡事故は、右のような佐野の過失に起因するものであると認定するのが相当である。

(三)  被告の免責事由

被告は、佐野の選任監督につき過失がなかつたと主張するが、証人中山の証言によるもこれを認めるに足りず、その余の本件全証拠によつても右の事実を認めることができない。

二、損害

(一)  葬儀費用

1、原告政二が支出した葬儀費用中、金一八五、八三〇円が被告(葬儀経理担当者)の手を経て支払われていることは当事者間に争いがない。

2、原告政二本人尋問の結果、ならびに

(1)  成立に争いのない甲第七号証によれば昭和四〇年二月二三日に魚代として金三、〇〇〇円

(2)  同第一二号証によれば忌中引物、供物代として同月二五日に金一三、五〇〇円

(3)  同第一三号証によれば忌中引物(砂糖)代として同日金三一、五〇〇円

(4)  同第一五号証によれば忌中料理代として同日金一九、八〇〇円

(5)  同第一四号証によれば果物代として同月末日ごろ金三、六四〇円

(6)  同第八号証によれば本山永代経奉納料として同年三月六日金三、〇〇〇円

(7)  同第九号証によれば院号料として同年八月二三日金五、〇〇〇円

(8)  同第一八号証によれば同年三月二八日ハイヤー代として金五、〇〇〇円

(9)  同第一九号証によれば、葬儀関係の電報電話料として少くとも金三、八七五円

(10) 同第二〇号証によれば女物寝巻代として金一、一〇〇円

をそれぞれ原告政二において支払つており、かついずれも加代子の葬儀に附随して支出されたものであることを認めることができる。そうして他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。

3、その余の原告政二がその直接支弁分として主張する金員のうち、

(1)  食事代金三一、五〇〇円については、原告政二本人尋問の結果中にこれを副う趣旨の供述があるほか、成立に争いのない甲第六号証(岩見沢市農業協同組合から原告政二宛の昭和四〇年二月二五日付受入報告書)に右と同額の金員が支払われた旨の記載があるが、同号証の品目および数量欄には「上白二二五K、同箱七五」と記載されていること、ならびに前出甲第一三号証(右農業協同組合から原告政二宛の右同日付納品票)に「忌中引物代(砂糖)数量六〇、金額三一、五〇〇、二・二五現入」との記載があることを併せ考えると、甲第六号証は同第一三号証と数量および品目の記載に多少の違いはあるがこれによつて納品された忌中引物としての砂糖代金の受入報告書であると認められ両者は別個の支出とはいえないし、この点に照らすと右原告政二本人尋問の結果も信用することができない。他に右金員支出の事実を認めるに足りる証拠はない。

(2)  聞信寺住職御布施金一五、〇〇〇円ならびに死体検案料および証明申請料金一、三五〇円については、いずれもこれと同旨の原告政二本人尋問の結果によつてはいまだ認めるに足りないところ、他に右各支出があつたことを認むべき証拠はない。

(3)  永代祠堂料金五、〇〇〇円については、これに符合する証拠として成立に争いない甲第一七号証(蔵王寺から原告政二宛の昭和四〇年二月二四日付領収証)および原告政二本人尋問の結果があるが、右甲第一七号証中には「金一万円也、内五千円院号料、五千円永代祠堂料」との記載があり、他方成立に争いのない甲第一一号証(葬儀経理担当者作成の支出内訳表)中には「院号御布施五〇〇〇」という記載があつて、同第一一号証中のその余の記載部分と原告政二本人尋問の結果を総合すると同号証に記載の支出はいずれも加代子が死亡した昭和四〇年二月二一日以降同月二三日の葬儀の日の前後一両日間の葬儀関係費であることを認めることができるから、甲第一七号証中の院号料と甲第一一号証中の院号御布施とは同一支出と解されるところ、甲第一七号証中の永代祠堂料は右院号料と同一領収証中に記載されていることに照らしこれもまた甲第一一号証中の「住職御布施八〇〇〇」、「寺使用御礼五〇〇〇」、「僧職御布施八〇〇〇」等記載の金員中に含まれていることを疑いうるから、甲第一七号証中の右記載およびこれと同旨の原告政二本人尋問の結果をもつて経理担当者支弁分とは別に原告政二がさらにその主張の額の永代祠堂料を支出したとまではにわかに認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4、被告が原告政二に対し、業務災害補償として葬祭料金五六、〇〇〇円を給付したほか香花料金三〇、〇〇〇円および供物料金二〇、〇〇〇円を交付したことは、当事者間に争いがないが、葬祭料についてはその性質上上記葬儀費用に対する補填分としてこれから控除すべきであるけれども、香花料、供物料はいずれも儀礼的なもので右のような性質のものとはいえないからこれを控除しない。

5、したがつて上記1の経理担当者支弁分金一八五、八三〇円と上記2の原告政二支弁分合計金八九、四一五円との合算額金二七五、二四五円から右4の葬祭料金五六、〇〇〇円を控除した金二一九、二四五円が、結局原告政二の蒙つた葬儀費用の損害額となる。

(二)  逸失利益

1、加代子が一六才で死亡し、その将来の就労可能年数が四四年であることは、当事者間に争いがない。

2、成立に争いのない乙第九号証の一ないし二一によると、昭和三九年四月一日から昭和四〇年二月一五日までの間被告は加代子に対し、臨時雇用員としての賃金を支払つていたこと、ならびにその日額は昭和三九年四月一日から同月七日までが金二〇〇円、同月八日から同年九月三〇日までの間は一時的に金四七〇円あるいは金四四五円のこともあつたが原則として金四八〇円、同年一〇月一日からは金四九〇円で、以上一〇・五か月の期間内における手当、割増金を含めた右賃金の総額は金一四二、一九七円であることを認めることができ、また成立に争いのない甲第三号証によれば昭和三九年六月には報労金として金三、〇〇〇円が、同乙第一三号証によれば同年一二月には期末手当として金九、二〇〇円がそれぞれ被告から加代子に支給されていることをいずれも認めることができ、以上の各支給額を基礎に上記期間内の加代子の平均賃金を計算するとその額は一か月当り金一四、七〇四円となる。

原告らは、加代子が死亡時被告の職員であつたとして本件逸失利益算定の基礎賃金は右認定額を上廻るものであると主張する。なるほど成立に争いのない乙第一一号証中には加代子が昭和三九年四月一日臨時雇用員として被告に採用されたあと昭和四〇年二月一日付で試用員に命ぜられ、ついで同月一五日付をもつて職員に採用された旨原告らの右主張に符合する趣旨の記載があり、また原告政二本人尋問の結果中にも右主張にそう供述がある。しかしながら、加代子が現に支給を受けていた賃金の明細が右のとおりであること、後記遺族補償についての争いのない事実ならびに成立に争いのない乙第八、第一〇、第一一(上掲)号証および証人中山晁一の証言を総合すると、加代子は昭和三九年四月一日被告の臨時雇用員に採用された後、二か月ごとに契約を更新されてきて死亡当時も依然臨時雇用員たる地位にあつたものであるが、職員とすればその賃金額は臨時雇用員のそれにより高額となるばかりでなく、被告の部内規程により賃金の絶対額が低額でもこれを上廻る最低保障額を基準として遺族補償ができること、従来被告札幌自動車営業所関係では、臨時雇用員として約一年を経過すればほとんど自動的に職員に採用する取扱いが一般に行なわれており、加代子も死亡時には本来ならば一応職員となりうる時期であつたこと等を考慮して遺族補償の点でこれを有利にとりはからうため、被告において同女をその死後に、生前に遡つて職員とすることにしたのであり、その際被告の職員は規程上原則として試用員の過程を経たものから採用することとなつているところから同女を昭和四〇年二月一日に遡つて一旦試用員(日額金五一八円)に命じ、ついで同月一五日付で職員に採用する旨の発令をしたうえ、職員としての最低保障額である日額金七〇〇円の賃金を基礎として遺族補償を行なつた事実を認めることができるから、右乙第一一号証および原告政二本人尋問の結果によつてもいまだ加代子の生前の平均賃金が前記認定額を上廻るものと認めることはできず、他に加代子が右認定額をこえる収入を得ていたことを認むべき証拠はない。

しかしながら、加代子がその生前に遡つて職員に発令された右のごとき経緯と、本件逸失利益の算定上賃金の上昇分が顧慮されていないことおよび現実にはその他の諸手当も支給されること等を併せ考慮すると、本件においては上記認定の遺族補償のための最低保障額たる日額金七〇〇円を基礎とし、その二五日分である月額金一七、五〇〇円をその逸失利益算定の基準となる平均賃金額とみるのが相当である。

3、原告政二本人尋問の結果によると、加代子は本件事故に至るまで親許を離れて岩見沢市内の寮で生活しその寮費が食費を別に月額金三、五〇〇円であつたことを認めることができ、他にこれをくつがえすべき証拠はないが同女の生活費として月額金一〇、〇〇〇円を収入から控除することについては原告らの自認するところであつて、この額は、右認定の事情を基礎とし、さらにこれが加代子の前記基準平均賃金額の五七パーセントにも当ること、および本件では将来の収入額を右平均賃金額の限度に固定していることを併せ考えると、年令の変化による支出額の変動を考慮しても、収入から控除すべき生活費の額として決して少額に過ぎるとは認められない。

4、そこで加代子が死亡後も上記争いのない四四年間毎月金一七、五〇〇円の収入があり、うち金一〇、〇〇〇円を生活費として控除するものとしてライプニツツ式計算により右期間内の年五分の割合による中間利息を控除した逸失利益の事故当時の現価額を算出すれば、その額は金一、五八九、六五〇円となる(ちなみにホフマン式計算によると現価額は金二、〇六三、〇七二円となり、その年五分の利息のみで加代子の右逸失利益年額を越えることになり妥当でない)。

5、ところで、原告らが被告から遺族補償として金七五〇、〇〇〇円の限度で遺族補償一時金の給付を受けこれを右逸失利益の損害金の一部に充当していることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第四号証の一ないし四によれば、右一時金の額は争いのない金額を金六、〇〇〇円上廻る金七五六、〇〇〇円であると認められる。右認定に反する原告本人尋問の結果は信用しない。

つぎに原告らが被告から同じく遺族補償として殉職年金の支給決定を受けその年金証書を受領していることは当事者間に争いがなく、右殉職年金の支給額支給条件、その支給権者が原告らであることならびに原告らの生年月日がいずれも被告主張のとおりであることは、原告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

右によれば、原告ら各自が加代子から相続した逸失利益の損害賠償請求権の額は前記認定の金一、五八九、六五〇円から金七五六、〇〇〇円を控除した金八三三、六五〇円の法定相続分1/2の割合による各金四一六、八二五円であるべきところ、これよりさらに右殉職年金の現価額相当分だけ控除すべきことが明らかである。しかるに第一一回生命表によつて原告政二が七三才まで(事故後一九・二一年、昭和五九年五月まで)、原告ハルが七六才まで(事故後二六・八九年、昭和六七年一月まで)生存可能であることが認められ、しかも上掲乙第一二号証によると父母である原告らの右年金受給権は同順位であることを認めることができ、いずれも他にこれをくつがえす証拠はないから、右事実に基づき原告ら生存中は各々その年金額の半額を受給し、原告政二の死亡後は同ハルがその年金額を全額受給するものとして計算すれば、加代子死亡の月の翌月から起算して六年後の昭和四六年三月から昭和五九年五月まで一三年三か月間は原告ら各自が毎年金四二、〇〇〇円(月額金三、五〇〇円)宛を、昭和五九年六月から昭和六七年一月まで七年八か月間は原告ハルにおいて毎年金八四、〇〇〇円(月額金七、〇〇〇円)宛を受給することになるから、その年金額についてそれぞれホフマン式計算(月毎)により中間利息を控除した現在価額を算出すると、原告政二に支給分は金三四五、五〇四円、また原告ハルに支給分は金六四四、九六一円となる。

6、したがつて、上記原告らが相続した損害賠償請求権の額から控除すべき年金の現価額としては、原告政二に関しては右認定の限度でこれを認めることができその余は理由がなく、原告ハルに関しては右に認定のとおり損害額全額を補填するに足りるものであることが認められるから、結局原告政二については金七一、三二一円の限度で賠償請求権が残存しており、原告ハルについてはその請求権の存在しないことが明らかである。

(三)  過失相殺

上記一の(二)に認定した事実によると、加代子が本件バスの後退途中から走り出したのは、同女において雪道で歩行しながら誘導するにはバスの後退速度が速きに過ぎたのと、ひとまず山田商店前まで先行し、その場で改めてバスを誘導しようと意図したためであつた(したがつて、同女は最後まで誘導行為を離脱してはいなかつた)と認められ、しかも道路巾員が狭いうえにバスが次第に道路脇に寄つて後退したことに照らすと、同女がバスの進路内に立ち入つて後退誘導したこともある程度止むをえなかつたものというべきであるが、それでも長笛を吹鳴してバスを一旦停止させる等の措置をとりえなかつたとも思われず、車掌として、運転手の視野外で行動する以上みずから充分にその安全保持に留意すべきであつたのにこれに欠くるところがあつたと考えざるをえないから、この点同女にも過失があつたことを否定することはできない。

しかし、本件佐野の過失と右加代子の過失の度合いを対比し、また加代子が車掌としての職務行為に従事中路面の悪条件からはからずも転倒するに至つたものであること、その他本件葬儀費用および逸失利益の損害額やその控除額等を総合考慮するならば、本件においては加代子ないし原告政二に生じた損害額について右加代子の過失を斟酌してその賠償額をあえて減ずる必要があるとは認められない。

(四)  慰藉料

原告らに加代子のほか二男、三男、長女、三女の四子があることは当事者間に争いがなく、これに原告政二本人尋問の結果および弁論の全趣旨に徴すると本件加代子の死亡により原告らがそれぞれ精神的に苦痛を受けていることはこれを認めることができる。そして叙上認定の諸事情を考慮すると、その慰藉料の額は原告ら各自についてそれぞれ金一、三〇〇、〇〇〇円が相当であると認められる。

(五)  弁護士費用

原告らが本件訴訟行為の代理を弁護士に委任していることは当事者間に争いがなく、原告政二本人尋問の結果によると、原告らはその代理人との間で本件判決の言渡をまつて本訴請求金額(ただし、その弁護士費用分を除く)の一五パーセントを弁護士費用として原告ら訴訟代理人に支払う旨契約しているというのであるが、右弁護士費用に関する合意は本訴請求金額(ただし、弁護士費用分を除く)中、原告らの勝訴額の一五パーセントを報酬として支払う趣旨と解するのが相当であつて、これによると本件弁護士報酬の額は原告政二について金二三八、五八五円、同ハルについて金一九五、〇〇〇円となり、この額はそれぞれ原告らの支払うべき報酬としては妥当なものということができる。しかも成立に争いのない甲第一号証の一、二および上掲乙第七号証によると、佐野は本件加代子の死亡事故について業務上過失致死被疑事件の被疑者として取調べを受け、一旦は、車掌である加代子が就業規則所定のとおりにバスの進路外で誘導していなかつたことおよび本件加代子の転倒についてはこれを予見することができなかつたことを理由とする佐野の弁疏をくつがえす証拠が充分でないとして不起訴処分にされたが、その後これを不当とする検察審査会の議決に基づき起訴された結果略式命令を受けるに至つていることが認められ、この事実に本件訴訟の態様および経過を併せ考えると原告らみずから本件訴訟を提起し、これを維持することは極めて困難であるといつてよいから、原告らがその訴訟代理人に本件訴訟行為を委任した結果負うべき前記報酬の支払義務は、本件事故によつて生じたものでかつこれと相当因果関係にあるというをさまたげない。

三、結論

そうとすれば、被告は佐野の使用者として原告政二に対し葬儀費用金二一九、二四五円、逸失利益金七一、三二一円、慰藉料金一、三〇〇、〇〇〇円および弁護士費用金二三八、五八五円合計金一、八二九、一五一円の限度で、また原告ハルに対し慰藉料金一、三〇〇、〇〇〇円および弁護士費用金一九五、〇〇〇円合計金一、四九五、〇〇〇円の限度で、それぞれその各損害金を支払うべき義務があるほか、原告政二に対し右金員中弁護士費用を除く金一、五九〇、五六六円に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること本件記録上明らかな昭和四二年二月九日から完済までの、残額(弁護士費用分)金二三八、五八五円に対する本件事故後である本判決言渡の日の翌日昭和四三年六月一三日から完済までの各年五分の割合による遅延損害金を、また原告ハルに対し右金員中弁護士費用を除く金一、三〇〇、〇〇〇円に対する本件訴状が被告に送達されたこと本件記録上明らかな昭和四二年二月九日から完済までの、残額(弁護士費用分)金一九五、〇〇〇円に対する本件事故後である本判決言渡の日の翌日昭和四三年六月一三日から完済までの、各年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払うべき義務あることが明白である。

よつて、原告らの本訴請求金員中、各自右義務の履行を求める限度でこれを正当として認容し、その余の部分についてはいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 神田鉱三 三宅弘人 山田博)

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